昇進が早い人、遅い人いますね。
特に、昇進が早い人が知っておかなければならないことがあります。
それは、「自分の努力」だと思っていると足元をすくわれるということです。
私も組織で働いていた時、昇進が早かったです。
確かに、人の倍努力していたと思います。
でも、昇進が早いのはそれ以上に影響が大きいものがあります。
それは「環境」です。
花形の部署にいる人は、それ以外の部署にいる人の気持ちがわからない
花形の部署とは、仕事が忙しく、その組織を代表するような部署の場合です。
これは、メーカーであれば、開発部門になるでしょうし、学校法人であれば、総務や入試関連かもしれません。
銀行などでも、学歴で配属の部署を変えたりするのと同じです。
売り上げを出しやすいのは当然都心ですし、地方都市より結果を出しやすいですね。
でも、花形の部署にいる人はそれに気づきません。
なぜなら、「立場が人をつくる」ということがありますので、そういう立場にいる人は確かに努力をします。
(そこで努力をできない人は脱落してしまう、という部署でもあります)
みんなが休んでいる間にも自分は努力した、だから今の地位に来れたんだ、と思ってしまうのです。
本当は違います。
自分がそういう花形の部署におかれたから、結果をだしやすかったのです。
どれだけ努力をしても成果が目立たない部署は多いのです。
そうすると、当然、働くモチベーションも下がり、基本的には、ルーチンワークを繰り返すようになります。
やる気のある人は、外に出ていくか、若ければ、チャンスが回ってくることもあるかもしれません。
普通のやる気の人はその花形以外の部署でも、たんたんと過ごす、という状況になります。
「努力」の部分は実は非常に小さい
学歴が高かったりすると、それも「自分の努力」で、昇進が早いのも、「自分の努力」と考えています。
そうすると、それ以外の人は、「自分の努力」が足りないから悪いんだと考えます。
学歴が高いということは、自分がうまれつき、勉強に特性があった、ということかもしれませんし、親がそれだけの費用を出してくれる家庭だったのかもしれません。
足が速いのは努力ですか?
記憶力があるのは努力ですか?
理解力があるのは努力ですか?
背が高いのは努力ですか?
全て違います。
私は、かつて学習塾を経営していたので知っていますが、能力は10倍以上、生まれつきなどの差があります。
つまり、努力である程度はカバーできるものと、できないものがありますが、大半はできません。
昇進が早かったのならば、それをそれ以外の人に感謝と尊敬の念を持って接する
自分が昇進が早かったのは、正直、運であるわけです。
確かに、本人が努力をしたのは間違いありません。
しかし、他の人が違う分野の仕事をしてくれているから、自分の立場があるわけです。
昇進が早い人は口をそろえていいます。
「俺はこんなに努力をしたんだ」
ただ、それ以前に、仕事などに打ち込むことのできる恵まれた環境にいたということです。
人によっては、親の介護や、子育て、メンタルなど、さまざまな理由で仕事に打ち込むことができなかったことがあるわけです。
でも、組織は決して、そういう「理由」を考慮しません。
考慮はしますが、「昇進」させることはしません。
なぜなら、それは「組織外」のことでの努力だからです。
上に立つ人は、それが決して自分の努力だと思ってはなりません。
それがわからないと、なんらかの形でしっぺ返しにあうでしょう。