組織で働いたり、起業したり、大学で教えたりと様々な経験を積んできて、また読書も毎週数冊、ここ20年でも2000冊以上読んできた中での生きるコツの一つをお伝えします。
今回のキーワード、「”常に”人を立てる」ことができていれば、人生はうまくいきます。
はっきりいって、それができている人はこれまで出会った中でも、ほとんどいません。
二人か、三人か・・というレベルです。
多分、昼の仕事でも、夜の仕事などでも、トップに立つのはそういう人でしょう。
自分は、いつも「人を立てている」と思う人もいるかもしれません。
しかし、「人を立てているフリ」の人が大半です。
(もちろん、私もできておらず反省することも多々あります)
どういうことか、もう少し詳しくお話します。
「人を立てる」とは
誤解のないように言いますと、以下の行為は「人を立てる」とは言いません。
- 言いなりになること
- おだてること
- 従順に従うこと
- 卑屈になること
他にもいろいろありますが、「相手を立てているフリ」は、いたるところで行われています。
「人を立てる」とは、「相手を(心から)認めること」なんです。
多くの人が持つ「認めてほしい」とは
男性、女性で例を出すのは良くないかもしれませんが、日本で刑務所に入っているのは9割が男性というところからも、おそらく、男性に多い傾向なのだと思うので、あえてお伝えします。
男性の多くが、「自分を認めて欲しい」「自分は相手より上だ」という気持ちをとても強く持っています。
そのため、街や交通トラブルなどにも簡単に発展し、時には事件になります。
「バカにされたと思った」「割り込みされた」「認めてもらえなかった」「振り向いてもらえなかった」・・・その他
とにかく、多くの人が常に「マウント」を取りたがるわけです。(男性の方が比率が高いです)
おそらく、人類が発展する過程で、「冒険」「探検」「勝利」「拡大」というような気持ちを常に持ち続けたのでしょう。
戦争が起きるのも結局のところ、男性たちのそういう気持ちが根底にあります。
もちろん、女性だってそういう思いはあります。
そういう思いが強い女性は、上昇志向が強いため、ビジネスにおいても成果を出しやすいかもしれません。
ただ、女性が、同じ思考性を持つ男性と結婚すると難しいかもしれません。
(性格は凸凹が長続きするのではないのかなと)
「相手を立てる」とは、本当に相手の良い点を認めること(自分より優れている)
誰しも、「相手の良いところを見る」ということは知っています。
少しカンのいい小学生なら普通にやっていますね。
逆にカンの悪い大人はできてないですね。
「相手の良いところを認める」というのは、年上でも年下でも、先輩でも後輩でも同僚でも関係ありません。
子供たちには、「すごいね〜」と言えるのに、同僚や年下には、「自分の方がすごい」という気持ちがあって、相手を認められない人というのは数多くいます。これはむしろ大人の方が多い現象かもしれません。
このぶつかるのは、同じ考え同士の人同士です。
つまり、「俺(私)の方が上だ」という考え方同士ですね。
「自分より優れている」と思うのは多くの人(特に男性)には難しいことです。
でも、それができるかできないかで、人生は大きく変わるのです。
経営者たち(「松下幸之助」「稲盛和夫」)も決して自分が上だとは言っていない
戦後の名経営者、パナソニック創業者の松下幸之助さんも、「自分は小学生卒で学がない、だから教えて欲しい」と常に学ぶ姿勢を持っていました。晩年ではなかったかと思いますが、「ここまでやってきた自分を”こう(自分の頭をなでるしぐさ)”褒めてやりたい気持ちですわ」というようなことを言われていた覚えがあります。
京セラ創業者の稲盛和夫さんも、「自分は受験でも失敗し、他人より出来が悪い」というようなことを言われていました。だからこそ、最初に入社した会社で、ある成果を出して褒めてもらえたことが嬉しくて、それを求めて、ずっとこれまで続けてきたと言われていたこともあります。
つまり、「自分はすごいんだ」「誰よりも上だ」というような気持ちではなかったのではないか、ということです。
だからこそ、人が集まってくれたし、人が動いてくれたし、そこまで大きな企業を作ることができたのでしょう。
この考えは、経営者でなくても必要なことです。
どんな組織でも、社会でも、一人で生きている人というのはいません。
「自分よりすごい」と心から思うことができれば、できることが増えるわけです。
自信なんかいらない
人間誰しも、人のアラ(悪い点)ばかり見てしまいます。
自分に自信がない人ほど、そういう点を探します。
そういう人のアラを見つけることで、自分の方が上だと思えて、気持ちが落ち着きますから。
世の中は「自信を持つことが大切だ」という風潮があります。
そうすると、「自信を持っていない」ことが悪いことだ、と考えてしまう人が多いです。
自信というのは、自分がすごいと思うことはいいけども、相手よりすごいと思う必要はないわけです。
自分の方がすごいと思うことにメリットは何もない
「自分が相手よりすごい」という気持ちを持つことで、得られるメリットは、自己満足だけです。
そして、そういう気持ちを持っていると、その気持ちは相手に伝わります。
大体、関係性は悪くなりますね。
どちらかが「上だ」という意識があると、その人から八つ当たりされたりですね。
相手のことをすごいと思うから、スムーズに物事が進み、組織として成果を出しやすくなります。
そして、何より自分自身が過ごしやすくなりますね。
それが職場であれ、なんらかの組織であれ。
相手のことを認めたくない人というのは、本当は相手を認めている
「自分の方が上だ」と誰かに考えるのは、本当は、「相手のことを認めている」わけです。
そういう思いがあるから、「自分の方が上だ」と考えますよね。
本当のことを言うと、「相手の方が上だ」と言うことを「自分が受け入れる」ことが大切なわけです。
本当は気づいているけど、「受け入れたくない」というもう一人の自分がいるだけなんです。
相手のことを認める、自分はできていない、と思ったとしても、決して卑屈になってはいけないです。
そこがバランスであり、強さなんです。
本当に強い人というのは、相手を心から自分より優れていると受け入れつつ自分を失わない
なんでもかんでも、「すごいですね」とやっていると、「自分はすごくない」と思うとしんどくなりそうですよね。
そんなことはありません。
他人より下なのが、「悪いことだ」「上にあがらなければならない」と考えるからしんどくなるのです。
世の中のテレビやネット、本もそうですね。
金がある、地位がある、知識がある、学歴がある・・
なんでもいいですが、人は、なんらかの基準で人より上に立たなければならないと思っているから、苦しくなるわけです。
その「上に立たなければならない」という意識自体が本当は不要なのです。
相手を認め、自分ができていないことを認め、日々一生懸命に生きる
この一言に尽きます。
他人より上かどうか、一位か二位か・・
自分の方が、役職が上かどうか、給料が上かどうか・・
そういうことで、競争をさせようとする風潮はあります。
ブランドモノなどもそうですよね。
本当に自信のある人はブランドモノで着飾ろうとはしません。
逆に、そういうのを持っている人には、「すごいですね」と言うことが大切です。
「コイツ、つまらないモノでマウントとりたいんだろうな」などと思ってもなんのメリットもありません。
結局、相手を認め(自分より優れていることを)、自分のできることを一生懸命に行う、ただそれだけです。
もし、この「相手を立てる」ことができれば、多分、人生の大半の問題はクリアできてしまいます。
対人関係の大きなコツですから。
逆説的ですが、自分にコンプレックスがある人の方が、人生の達人に近いところにいるわけです。
学歴もない、資産もない、人脈もない、能力もない・・ないないづくしの人の方が気付ける可能性が高いわけです。
たくさんのお金、人よりも上の地位、尊敬、賞賛・・そんなもの持てば持つほど、苦しくなるんです。
100年程度の人生、終わった時に持っていけるものは何一つないわけです。
でも置いていくことはできます。「たくさんの人を認めた」という成果ですね。
それは、その人が死んだ後も残るものです。
その残った人が、「認めてもらった」と思って生きていければ、その人もまた、他の人を認めようと思えるかもしれません。
そんな社会ならば、自分がいたことで、世の中は少し良くなるのかもしれませんね。
決して、人より上に、人よりたくさんのお金を・・と勝ち進もうとした人よりはいいかもしれません。
でも、勝ち進もうとした人も、それはそれで、素敵なことです。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは、いつでも使える言葉ですね。